朝活読書サロンCollective Intelligence

月二回渋谷で開催している朝活読書サロンCollective Intelligenceに集う本をこよなく愛するメンバーのブログ

【安全とは何かを再考させる一冊】『基準値のからくり 安全はこうして数字になった』

こんにちは。readingsalonのブログ、共同執筆者の北澤です。毎週土曜日に、一週間で読んだ本の中から一冊を紹介しています。こちらでは一日一冊、読んだ本の感想を書いていますので、良かったら覗いてみて下さい。


ごめんなさい、一日遅れの投稿です。昨晩は肌寒いくらいでしたね。薄手の掛け布団で気持ち良く寝ることができました。このまま一気に秋の声でしょうか。大好きな「読書の秋」がすぐそこにやってきそうな気配です。


さて、本日はこちらの一冊を紹介します。



村上道夫、永井孝志、小野恭子、岸本充生著『基準値のからくり 安全はこうして数字になった』


普段の暮らしで基準値と聞いてそのまま受け入れていることはありませんか? 恥ずかしながら私はそうでした。その根拠を調べることもなく「そういうものだ」と鵜呑みにしていることが多い。それが実態ではないでしょうか?

基準値の根拠を知ることは、この世界の意思決定のしくみを知ることである。


日々の暮らしには避けることができない数多くのリスクがあります。基準値はその大きさを知ること。リスクの大きさを知らなければ、いたずらに不安がつのるだけで何の解決にもなりません。その前にそもそも安全とは何なのか。


本書では、安全の定義を「受け入れられないリスクのないこと」としています。これは決してリスクゼロということではありません。この「受け入れられないリスク」に基づいて定められた基準値が安全を確保することにつながるのです。


この『基準値のからくり』は、世の中にあふれる複雑怪奇な数字の根拠に4人の基準値オタクが斬り込む一冊です。飲食物の基準値、環境の基準値、事故の基準値と三部構成で、私たちを取り巻く基準値の謎や不思議を教えてくれます。


例えばインフルエンザを発症した学童の登校に関する基準。発症後5日という条件はアメリカの実験を根拠にしていますが、この被験者は19歳から40歳までの大人19人。日本での実験を基にするともっと長くなったかもしれないそうです。


基準値に関して強く印象に残った言葉がありました。アメリカの疫学者であり衛生工学者のウィリアム・セジウィック氏の言葉です。

「Standards are devices to keep the lazy mind from thinking.」

「基準というものは、考えるという行為を遠ざけさせてしまう格好の道具である」


人間は簡単に思い出せる事柄を重視する傾向があるといいます。見聞きした情報による影響に打ち勝つためには「明示されていないこと」を忍耐強く想像しなければなりません。基準値はひとたび確立してしまうと権威を持ってしまいます。


基準値の罠に陥らないないためにも、ぜひ読んでおきたい一冊です。